今日ドキッ!トークライブ 「札幌ヒグマ騒動の真相」
2019年10月12日・眺望ギャラリー「テラス計画」にて開催
今年の夏、札幌市南区の住宅街に一頭のヒグマが居座りました。
家庭菜園の野菜や果実を食い荒らし、パトカーのサイレンにも動じないヒグマ。
なぜ今、都市部にまでヒグマは出没しているのでしょうか?
そして私たちはそんなヒグマとどう向き合えばよいのでしょうか?
取材から見えてきたヒグマと人の関係をめぐる課題や対策についてHBC報道部の幾島奈央記者(写真左)とヒグマの生態に詳しい道立総合研究所・自然環境部長 間野勉氏(写真中)によるトークライブを司会 堀啓知「今日ドキッ!」キャスター(写真右)のもと行いました。
※トークライブの模様は動画(Youtube)でご覧いただけます
[動画はこちら]
住宅街へのヒグマの出没が増えているのはなぜ?
幾島 札幌市の出没件数は、10月12日現在で、去年の1.5倍、クマの生息数は、道の推定で1990年から2012年までの間に1.8倍に増えています。
間野
ヒグマの個体数は増加傾向にあります。1990年に道は、春クマ駆除を廃止したんですが、それまでに札幌近郊に生息するヒグマは、ほとんど駆除されていなくなったと考えられます。
一方、札幌市の人口はどんどん増加して郊外にも住宅地が造成され、クマがいないのが当たり前の状態で生活してきました。そんな中で1990年に春クマ駆除を廃止したことによって、ヒグマの個体数が回復してきたと考えています。
間野
ヒグマは、オスとメスで行動パターンが違います。オスは100キロや200キロの距離を移動しながら行動するのに対し、メスの行動範囲は数キロ四方しかありません。
2000年ごろには、南区の郊外でメスのヒグマの死骸がみつかったことがありました。そのころには隣接する中央区の盤渓や宮の森にもヒグマが生息していたとみられます。
南区藤野、簾舞の出没にはどんな背景が?
間野
南区は非常に果樹栽培が盛んな地域です。
ヒグマにとって果物は大好物ですから、ヒグマは最初のうちは人間に見つからないように、目立たないように食べていました。そして住民も「ちょっとやられた」程度で見過ごしていました。そのうちに、ヒグマはきっちり好物の味を覚えてしまったと考えられます。
幾島
住宅街の環境変化もあります。
この20年間で藤野地区は3,000人ほど、簾舞地区は700人ほど人口が減っています。また住民の平均年齢が13歳ほど上がっています。
こうした住民の構成が変わる中で、背丈の高い草木の生える空き地ができてしまいました。これはヒグマにとっては身を隠しながら移動できる絶好のルートです。
間野
現地では、これまでにもヒグマと人間との接触は、人間が気づいていないだけで相当あったんだと思います。
ヒグマは人間に気付いていても、人間はヒグマに気付いていないという具合に…。
ヒグマからみれば、人間から嫌なことをされた記憶はないはずです。それが住宅街への出没につながったんだろうと思われます。
駆除に対して札幌市には苦情が寄せられた?
幾島
札幌市には300件以上の批判が寄せられています。
批判の多くは「殺さずに山に返すことができなかったのか」というものです。札幌市は「ヒグマ基本計画」を定めてヒグマとの共生をめざしていますが、住民の安全のために駆除せざるを得ないという判断をしました。
幾島
出没から駆除までの流れをみますと、出没が確認された8月3日から6日は、人を避けるように深夜に出没していました。そして7日以降は、日没前から出てくるようになり、パトカーのサイレンにも全く気にしなくなりました。そこで札幌市は、人に慣れてしまった問題個体だと判断して駆除の方針を決めました。
その後も12日以降は、日の出後も住宅地に居座るようになり、14日ハンターにより駆除されました
日の出後も住宅地に出没していたんですね…
間野 出没当初は恐る恐る、深夜に行動していました。しかしパトカーのサイレンやライトにも慣れてしまいました。このクマは、人間側が繰り出した警告は、痛くもかゆくもない無害と見切ったわけです。ヒグマにとっては、人間は何もしない恐れる存在ではないと確信してしまえば身を隠さなくても済みます。結局、ヒグマは人間の存在に慣れて、どんどん順応していくということです。
駆除の方法として麻酔という選択肢は?
間野
麻酔薬は劇薬なので取り扱えるのは、限られた研究者のみです。しかもクマの体格に合わせて投与しないと効果はありません。準備や態勢が整っていない中で麻酔を検討するのはナンセンスです。「そこのあんた麻酔を扱える免許があるなら、ちょっと手伝ってくれ」と言われても、絶対無理です。
ただ技術的には可能です。事前に役割や担当を決め、さまざまなケースを想定したうえでなら"麻酔作戦"も選択肢としてありえると思います。
今回、札幌市は駆除の方針を固めてから実際に駆除するまで1週間かかりました
幾島
猟銃の使用は「鳥獣保護管理法」に規定されています。
その法律の第38条で「日の出前、および日没後の銃器の使用禁止」と「住宅密集地での発砲の禁止」が定められています。今回南区藤野、簾舞は住宅街にあたり、ヒグマも当初は夜間に出没してので、発砲することができず、時間がかかってしまいました。
間野
「鳥獣保護管理法」は人命の安全を最優先にするという考え方からきています。「鳥獣保護管理法」によって駆除に踏み切れないときでも、人命に危険が迫っていて、発砲以外で危険を回避できない場合は、発砲してもよいと警察官が指示を出せるという「警察官職務執行法」という法律があるので、それを適用して駆除できる可能性もあります。
ただそれを実際にやるとなると事後に厳しい事務手続きとか検証が求められます。
結局、日本の場合、解決の大半を狩猟者に依存せざるを得ないという現状があります。
札幌市はヒグマとの共存というのを掲げていますが、私たちはどんなことができるの?
幾島 札幌市は毎年、電気柵の貸し出しを無料で行っています。しかし今年、西区では電気柵を設置していた家庭菜園がヒグマに荒らされるという被害がありました。原因は電気柵を設置する高さが低すぎたという点でした。
間野
ヒグマは見慣れぬものを見つけると確認する習性があります。初めて見る電気柵なら、匂いを嗅いでみたり、なめてみたりします。ヒグマの鼻は犬と一緒で濡れていて、すごく敏感です。通電するとすごいショックが走ります。そういうことを1回、2回体験すると、通電していない電気柵をみても触らなくなります。
ただ電気柵が雑草などに触れていると漏電してしまい、効果がなくなってしまします。すべての道具にいえることですが、正しく使わないと効果がありません。どういう仕組みでクマを排除できるのか、理解したうえで正しく設置することが重要です。
電気柵以外に対策は?
間野
動物というのは、開けた場所に身体をさらすことをとても嫌がります。外敵に見られているかもしれないという思いは、彼らにとってすごくプレッシャーで、ストレスです。したがって草刈りは効果的です。ただし草を刈っても夜間は効きません。そういう点では草刈りも100%ではないということになります。
また犬のような動物がいると、真っ先にクマに気付いて騒ぎ始めます。クマは犬を怖いと感じませんが、騒いだ犬のあとに人間が寄ってくることを嫌がります。
幾島 漁業地帯では鯉のぼりのポールの上に魚を干す光景が見られます。こうするとクマは手に入れることができないので、これは人間の食べ物だから、食べちゃダメなんだと…。地域にあったやり方で、人とヒグマの行動エリアに境界線を引くことが大事です。
取材者として反省点は?
幾島
南区を取材中、空き地に生える草木を見つけ、出没ルートになりうるので草刈りが必要という注意喚起の取材をしていたら、直後にそのルートから音が聞こえ、遠くから確認するとヒグマがいました。出没ルートを予測できるということは、裏を返せば対策が可能ということです。
ただ、各社の取材クルーが集まってくるうち、パトカーや市職員がクマを追い払おうとしても、各方面に各社の報道陣の車があるために、追い払えなかったケースもありました。
住民の生命を守るために注意喚起をしたいと思ってする報道活動が、現場の足かせになってしまうのは不本意なので、報道陣も車から出ない、追い払いルートを確保するなど、知識とマナーを身に着けるべきです。
ハンターを取り巻く環境について…
幾島
ハンターはすぐにクマを撃てるようになるわけではないですし、猟銃の免許をとるにも猟銃を管理するに手間がかかります。
クマの命を奪うという重い行為を私たちはハンターに任せてしまっている現状があります。
ヒグマの命も住民の命を守るためには、出没した後や駆除した後に騒ぐよりも、出没させない努力をすることが必要だと思います。
間野 ヒグマの絶滅は、現状ではまずありません。状況に応じて必要な時には確実に、駆除することできるスキルを私たち社会が持っておく必要があります。
最後に…
間野
人間のヒグマに対する考え方や対応が、ヒグマの人間に対する行動、態度にあらわれます。問題が起きてから騒ぐより、問題が起きないように事前に防ぐという考え方が重要です。
そのうえで万が一、問題が起きてしまったときには確実に速やかに収束できる危機管理の仕組みづくりが必要です。ヒグマの駆除がハンター任せになっている根本には、ヒグマという動物に対する我々の関心の低さがあるんだと思います。
幾島
ヒグマの行動範囲を鑑みたとき、ヒグマは道内のどこに出没してもおかしくありません。どの地域に出没しても対応できるように、自治体や警察の連携を強化していくべきだと思います。
また人間側の要因で問題個体にしてしまい、駆除という結果に行き着くことを重く受け止めるべきだと思います。道や地元自治体、警察、ハンター、報道機関、住民が一丸となってヒグマ対応に取り組んでいく時代になったんだと思っています。
堀啓知 多くの人の共通点として、ヒグマのいる豊かな森は維持していきたいというのは根底にあると思います。やっぱり人間側が、ヒグマが出にくい街づくりをしたり、ヒグマを寄せ付けない生活スタイルを目指したり、みんなが同じ思いでやっていかないといけないと思っています。