「クマに何度も会った。偶然ではない」なぜ私は出没地点がわかったのか…そこにあった対策のヒント ドキュメンタリー映画『劇場版 クマと民主主義』幾島奈央監督
2025年03月29日(土) 08時26分 更新

今や全国の課題となった、クマとの距離。北海道では、長年向き合ってきた課題です。
私(HBC北海道放送・幾島奈央)は道内各地のクマ出没を取材し、ドキュメンタリー映画『劇場版 クマと民主主義』を制作しました。取材の中で、何度もクマに会ったことがあります。野生のヒグマです。
それは偶然ではありません。「ここにはクマ出没のリスクがあるのでは…」そう思った場所に、本当にクマが現れたのです。私が感じたのは「悔しさ」でした。リスクがあると予測できたはずなのに、なぜ防げなかったのか。
クマの出没や被害には、「知る」ことで防げるものがあります。
映画『劇場版 クマと民主主義』の主軸は北海道のある村ですが、今回は映画公開を前に、札幌の住宅地でクマと遭遇した日を振り返りながら、クマ出没の原因はどこにあるのか、解決のカギはどこにあるのかを考えます。
■「ここがクマの通り道?」予想した場所にクマが現れた瞬間札幌市南区(2019年)
2019年夏、札幌市南区の簾舞・藤野の住宅地に毎晩のようにクマが現れ、庭のリンゴやトウモロコシを荒らしました。
被害が続くようになって数日後の日中、私はカメラマンと一緒に現場に向かいました。
クマはなぜ、どうやってたどり着いたのか、ルートを予想しながら地域を歩きました。
住宅地の様子から、私はある仮説を立てます。そして、ここからクマが住宅地に入ったのではないかと思う場所を見つけました。
住宅のすぐ裏ですが、草が生い茂り、先はよく見えません。地図上では、山のほうへとつながる道です。
クマは連日、夜のうちに現れていました。日が暮れるまでまだ時間はありましたが、念のため、早めに車に戻ることにしました。
ドアに手をかけたそのとき、バキバキと大きな音が聞こえました。
振り返ると、先ほどいた場所から、ゆっくりと黒い前足が現れました。すぐに車のドアを閉めます。札幌市南区(2019年)
数メートル先、揺れる草の中から現れたのは、ヒグマです。道路をわたり、住宅脇の塀をのぼって、1軒を通り過ぎました。
大きな音に気付いた住民が窓から顔を出し、「クマクマ!」と叫びます。
クマはこちらを一瞥しますが、そのまま先の住宅へと向かいました。
その住宅の庭では、リンゴが実っていました。
パトカーや役場職員の到着を待つ間も、クマは住宅の庭でリンゴを食べ続けました。その住宅の中にも、人がいました。
まだ明るい時間帯にもかかわらず、悠々と庭で過ごすクマの姿。出没を繰り返した数日の間に、すでにここまで人に慣れてしまっていたのかと、衝撃を受けました。
夜間や住宅地での発砲は、原則法律で禁じられています。パトカーが到着し、道を譲りましたが、警察ができるのも周辺への注意喚起と警戒です。
すっかり日が暮れても、パトカーのランプは灯り続けていました。
■なぜ出没場所を予想できたのか
私は「悔しい」と思っていました。ここがクマの通り道ではと予想した理由は、前年の取材にありました。北海道島牧村(2018年)
2018年夏、北海道島牧村で毎晩のようにクマが現れました。
入社1年目の私が、初めて担当したクマの取材です。
島牧村での出来事は前編の記事でお伝えしていますが、私はこの村での取材で、クマ出没の背景には、人口減少や耕作放棄地の増加など、「人間社会の変化」が関係していることを知りました。【関連記事:前編】北海道島牧村(2018年)
札幌市南区簾舞・藤野の住宅地を歩きながら、私はいくつかの空き地があることが気になりました。空き地には、背の高い草が生い茂っていました。
クマが身を隠せる草やぶは、通り道になるリスクがあります。
近隣住民に話を聞くと、「隣は何年か前まで住んでいたが、引っ越してしまってからずっと空き地」「クマが空き地の草の中に隠れていたら絶対に気づけないから怖い」などと話していました。
地域の人口推移を調べても、この数十年で減少していることがわかりました。
島牧村でもクマの食べものになるものが住宅地にありましたが、この地域では、家庭菜園を複数目にしました。それが悪かったというわけではありません。これまで何十年も続けて問題なかったのに、いろいろな社会の変化が重なって、今、対策が必要な時期が来ているのです。
「人口減少」「生い茂る草」「クマの食べものになるもの」…島牧村で知った、クマが出やすい環境の要因を振り返りながら地域を歩いて見つけたのが、先ほどのクマが出てきた場所でした。
出没の原因が、共通していたということです。また同じ課題が繰り返されてしまったのです。
■クマ、そして倒れている人を目の当たりにした日
ニュースで何度もクマについて伝えてきましたが、出没や被害は全道で相次ぎました。「これまでの教訓を知っていれば防げたのでは」と思う事故もありました。
各地でクマに怯える人、大切な人を失った人の声を聞くたびに、悔やんできました。
2021年6月、札幌市東区の住宅地にクマが現れました。
早朝、上司からの電話で目を覚ましましたが、東区は山とも接しておらず、上司は「見間違いじゃないか」と迷っていました。
「もし本当だったら現場に行ってほしいから、いつでも出られる準備をしておいて」と言われましたが、「わかりました、今すぐ行きます」と答えました。
それまでの各地の取材で、何度も「ここにクマが出るなんて、まさか」「今までこんなことなかったのに」という声を聞いていたため、「もうどこに出てもおかしくないんだ」という危機感を持っていました。札幌市東区(2021年)
その後、カメラマンが乗っていたタクシーの近くをクマが走り去りました。
情報だけでなく、映像があって初めて伝わるものがあります。
本当に住宅地にクマがいる…私たちも、この映像で初めて事実として衝撃を受けました。
現場に向かうタクシーの中で、次々に寄せられる目撃通報の場所を地図に書き出しました。
クマは猛スピードで広い範囲を移動していることがわかりました。いつどこでばったり人に出会うかわかりません。
カメラマンと合流しました。決して車からは降りずに、目撃情報をもとにクマの移動ルートを予想しながら住宅地を進みました。
歩いている人を見つけるたびに窓を開け、カメラマンと一緒に「クマいる!」「家の中に戻って!」と叫びました。
角を曲がったとき、目に飛び込んできたのは、足でした。札幌市東区(2021年)
人が倒れていました。赤い血が見えました。
警察官が駆け寄っていきます。倒れている人は、動きません。
警察署も混乱しているのか、「けが人は2人」「いや、3人…」と、こま切れに情報が入ってきました。
この日、4人が重軽傷を負いました。札幌市東区(2021年)
この地域に土地勘のあるカメラマンで、「あっちのほうに緑地がある」と教えてくれました。「クマはそこに向かうかもしれない」「広い緑地なら発砲許可が出るかもしれない」と思い、緑地に向かいました。
背の高い草の中に、身を隠したクマ。警察やハンターがプレッシャーをかけ、飛び出してきたところで、銃声が響きました。札幌市東区(2021年)
後からヘリコプターの映像を見返すと、クマが草に身を隠そうと駆け込む姿が映っていました。
「クマは背の高い草に身を隠して移動する」、これまでの取材で知識として学んだことを実際に映像で見て、「また同じ課題が繰り返されている」と、胸を痛めました。
■クマ出没の原因はどこにあるのか、解決のカギはどこにあるのか
悔しさを感じる半面、こうも思います。
札幌市南区簾舞・藤野の取材では、私はクマについて調べ始めてたった1年でした。それでも仮説を立て、通り道を予想できたのです。
それは、「背景を知っていれば、出没を防ぐ術がある」ということでもあるのではないでしょうか。
課題は人間社会にある。つまり、解決のカギも人が握っているのです。
クマの出没や被害には、「知る」ことで防げるものがあります。全国に共通する「対策のヒント」を、私は北海道・島牧村で教わりました。短い日々のニュースには入りきらないことをお伝えするために、ドキュメンタリー映画『劇場版クマと民主主義』を制作しました。
取材・発信を続けているのは、悲しい事故を繰り返さないためです。
あなたや大切な人の命と暮らしを守るために、まずはクマについての正しい知識や、各地域からの教訓を「知る」ことから始めていただけると幸いです。
【関連記事:前編】
文:北海道放送幾島奈央ドキュメンタリー映画『劇場版クマと民主主義』(東京で3月30日・札幌で4月5日~上映)を監督。
2018年に入社後、クマの取材を継続してきた。
2021年からWEBマガジン「Sitakke」の編集部